慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授/日本メンター協会 渡辺直登先生にきく 『メンタリングの“今”と“これから” ―アメリカの事例から―』

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Q. 「メンター/メンタリング入門」を書いていただいてから1年半ほど経ちました。
この間、メンタリング・プログラムを導入、実施する企業が増え始め、メンタリングに対する関心がかなり高まってきたように思います。

A.  そうですね。この1、2年でメンター制度を導入した企業の例を少しあげてみますと・・・

 ある証券会社では、会社が発足したてで社員教育が追いつかず、メンター制度を導入しました。目的は新入社員の定着率アップです。若干の準備不足もあり、1年目はメンターの中に戸惑いも見られましたが、2年目からは落ちついて、成果も上がっているようです。

 また、ある薬品メーカーでは、新人MRの教育のためにメンターがついてメンタリングを行いました。ここではメンター、メンティーのモチベーションが高く、新人の離職率は低くなっています。次年度以降もこの制度を継続する予定だそうです。

 他に、もともとあった指導員制度(ブラザー制度)をメンタリング制度に移行したりする企業さんもいくつかあります。

 最近では、熟練者の技術を若者に受け継がせるためのメンタリング・プログラムを検討している建設会社があります。これなどは、企業の中における技術の伝承としてのメンタリングで、なかなかおもしろい試みだと思います。

 ただ、日本では主に企業においてメンタリングが注目されていますが、アメリカではかなり事情が違っていて、社会的な運動としてのメンタリングが1980年代後半あたりから勢いを増してきているんです。

Q. アメリカはメンタリング発祥の地ですね。詳しく伺えますか?

A.  アメリカにおけるメンタリングは、そもそも100年ほど前に発足したBBBS運動(Big Brothers Big Sisters Movement)による非行少年少女の更正支援活動にまでさかのぼります。

 そこから発展していき、現在では非行防止、シングル・ペアレント家庭の子どもの支援、また学業不振、怠業などの影響を受けている青少年への支援活動として、全米で2000を超える団体がメンタリング・プログラムを提供しており、それらは劇的な効果をもたらしているとされています。

 統制群を用いた比較研究(BBBSによるメンタリング・プログラムに参加した青少年と、統制群としてウエティングリストにあってメンタリングを受けなかった青少年との比較)では、メンタリングを受けた青少年は後者に比べて、薬物使用が46%、飲酒が26%、暴力が66%、怠業が50%少ないという結果が出されました。
 これはかなり注目すべき数字です。

Q. それはすごいですね。具体的にはどのようなことを行うのですか?

A.  メンタリングは1対1(one on one)が基本とされていますから、一人の子供に一人の大人がつく格好になります。
 「大人」というのがポイントですね。お兄さん、お姉さんという場合もありますが、主流は大人。
 お父さん、場合によってはおじいさんくらい離れている場合もあります。

 それから、大きな特徴としては「素人」がメンターである、ということですね。

 特別な訓練を受けた専門家ではなく、すぐそこにいるごく普通の人、自分も悩みを抱えている一般市民がメンターである、ということで、そういった人たちによるメンタリングが大きな成果をあげているのです。

 そもそもメンタリングは誰でも参加できることが重要なのです。専門家が囲い込むのではなく、誰もがメンターたり得ることが重要です。
 むしろ資格をもたないことが大切、といったらいいでしょうか。
 メンタリングは元来非常にシンプルで素朴なものです。隣人同士が助け合う気持ちと、その支援行動が、アメリカでは大きな成果をあげていますし、日本でもそうあることが必要でしょう。

では、具体的なプログラム紹介の前に、簡単にメンタリングの基本についてまとめてみます。

●メンタリングとは・・・
 成熟した年長者(メンター)が、若年者や未熟者(メンティー、プロテジェ)と、基本的に1対1で、継続的、定期的に交流し、信頼関係の構築を通じて、メンティーの心理・社会的な成長を支援するとともに、キャリア発達を支援すること。

●メンターは具体的にどんなことをやるのか
 メンタリングには特有な「技法」があるわけではなく、傾聴を中心として、心理・社会的、キャリア的支援を行うだけです。

●メンタリング・プログラムの特徴
 ◎専門家ではない普通の「素人」の支援であること
 ◎基本的にはメンターとメンティーがボランタリーに参加する無償の活動であること
 ◎メンターとメンティーの関係を、事務局や専門家がモニタリングすること

●メンタリング・プログラムの基本
 1.メンター/メンティーによる申し込み
 2.メンターのスクリーニング
 3.マッチング
 4.メンター/メンティーの事前訓練(オリエンテーション)
 5.メンタリングの実施⇔メンター/メンティー関係のモニタリング
 6.プログラムの評価

 さて、アメリカにおける具体的なプログラムですが、デラウェア州(大西洋とデラウェア湾に面した最初の独立13州の一つ。広さは1982平方マイル(ほぼ愛知県の面積に匹敵)、人口は70万人、うち都市人口が73%)の事例があります。
 これについては渡辺かよ子氏(愛知淑徳大学教授)が、『言語文化』(愛知淑徳大学言語文化学会)第9号(2001年)に書いた論文に詳しいので、それをご覧ください。

<<デラウェア州におけるメンタリング・プログラム>>

 デラウェア州も、米国の他の州と同様、深刻な青少年問題に直面している。1999年春に実施された州内の高校生約2000人への調査によれば、過去30日間に学校に武器を持ってきた生徒が15.8%、喫煙した生徒が32.3%、飲酒した生徒が46.9%、マリファナ使用者が29.0%と報告され、過去12ヶ月の自殺未遂者は7.5%という数字を示している(1。

 デラウェア州において、現在、州レベルでCreative Mentoringはじめ9団体、各カウンティでは6団体がメンタリング・プログラムを提供している。これらの中には、BBBS(Big Brothers Big Sisters of America)の4団体が含まれる。またメンタリング・プログラムを導入している州内の学校は、140校以上に上っている。デラウェア州には、他の州と同様、地域コミュニティを基盤とするメンタリング・プログラムと、学校を基盤とするメンタリング・プログラムが行われている。 BBBS(2 は、地域コミュニティを基盤とするメンタリング・プログラムの代表であり、米国で最も古い伝統をもつ、最も規模の大きなメンタリング・プログラムを提供している団体である。

 Big BrotherないしはBig Sisterは概ね週2時間から4時間、問題を議論したり、興味のある場所、例えば野球の試合やコンサート、図書館等に出かけたり、食事をともにしたりしながら、適切な行動基準を確立するのを手助けする。専門訓練を受けたケースワーカーの監督の下、ボランティアのBig BrotherとBig Sisterが友情と理解に基づく個人的関係を通じて、少年少女とのラポールを築こうとするものである。ボランティアによるこうした個人活動を補うために、BBBS支部は、各地域の固有の条件を勘案しながら、社会諸機構や学校と緊密に協力し、近隣施設を最大限利用した独自の活動を行っている。 一方、学校を基盤とするメンタリング・プログラムとして、デラウェア州のメンタリングに関する各種団体の中心的存在として、最も顕著な成果をあげているのが、Creative Mentoring(3 (http://www.creativementoring.org/)である(以下、CMと略)。

 学校を基盤とするプログラムでは、メンタリングは学校で放課後などの時間を利用して定期的に学校のスケジュールにあわせて行われ、学校以外で会うことは基本的にはない。学校を基盤とするプログラムでは、地域コミュニティを基盤とするプログラムに比べて、学校教師との連携等、モニタリングがしやすい等のメリットがあるとされている。

 CMのプログラムの目標は、それぞれのボランティアが、一対一の支援関係を必要としているデラウェア州内の児童生徒の友人となることを援助することである。その目的は、自尊心、自信、対人コミュニケーション・スキル、社会的諸価値、達成意欲の増進、学業成就を援助することによって、子どもたちが成りうるあらゆるものに成るのを援助しようとするものである。その究極的目的は、子どもたちが自身の独自の特質を見出し、発達を遂げていくことを支援することにあり、メンターこそが子どもたちの人生に、真に違いを生み出す特別な人間であることが認識される必要があるとしている。

 1999年末にCMが教師、保護者、メンターそれぞれに行ったメンティーに関する調査によれば、メンタリングが子どもの成長にすぐれた効果をもつことが報告されている。例えば、教師の38%はメンティーがより自信を持つようになったとし、36%が学習態度の向上、34%が授業参加における向上を認め、また保護者の57%が学習態度の向上、50%がより自信を持つようになったとしている。さらにメンター自身も、97%がメンターになってよかったと考え、94%が各々のメンティーとの組み合わせに大変満足していると述べている。また78%のメンターが、自分以外の人間の人生に積極的な影響を与えることができて自身をより肯定的に感じることができるようになったとしている。

 CMはインターネット上でそのニュースレターを公開しており、そこには各学校のコーディネーターによる各プログラムの報告とメンターへの感謝、新しいメンターの紹介やメンター自身の体験エッセイ等が掲載されている。2000年冬のニュースレターの表紙には、次のような言葉が記されている。
 「メンターは、澄んだ暗い12月の夜を満たす星のようだ。彼らの時間と気遣いという贈り物が子どもたちの人生の上に輝き、子どもたちはそれらがそこに確かに存在すること、そしてそれを信じることができるということを知っているからである」(4

※以上、『青少年の健全育成のためのメンタリング・プログラムに関する考察:
米国デラウェア州の事例を中心に』(渡辺かよ子)より抜粋

1:1999 Youth Risk Behavior Survey Results,Delaware High School Survey,Survey Summary.  2:Big Brother運動は、1903年にシンシナチー市の実業家ウェストハイマー(Irvin F.Westheimer)が父親のいない家庭の少年を援助しようとしたことに起源があり、その発意を受けて、1904年にニューヨーク市少年裁判所の書記クールター(Ernest K.Coulter,1871-1952)によって提唱創設された青少年補導に関する社会運動である。Big Sisters運動は1908年にニューヨーク市に創設され、自立的地域支部の連盟がBig Sisters International,Inc.となった。両者は1977年に統合されてBBBSとなり、本部はフィラデルフィア市におかれている。 The Encyclopedia Americana,International Edition,Grolier Incorporated,1988,Vol.3,pp.733-734  3:CMは学校を基盤とするメンタリングを48の学校に提供しており、州内外の学校を基盤とする他のメンタリング・プログラムの企画や実施の支援も行っている。1998年4月には31の学校で645人、1999年12月までに48の学校で1500人のメンターを養成した。さらにCMは、800人以上の自身以外のプログラムのメンター養成も行ってきた影響力の大きな団体である。 CMは、ニューカッスル、ケント、サセックス各郡の幼稚園から第8学年(日本の小・中・高校生に相当する)までの1800人以上の子どもにサービスを提供している。CMの構成員の72%は女性、28%が男性である。CMが自らをA Program of Creative Grandparenting,Inc.(創造的孫育てプログラム法人)と称しているように、メンターの年齢層は21歳から94歳と広範囲にわたり、退職したシニア層が中心となっている。CMは一対一から一対四のメンタリングを行っており、その総活動時間はデラウェアの公立学校で年間40,000時間以上になっている。  4:Creative Mentoring News,Vol.6,Issue2,Winter 2000,P.1.

上記の論文には紹介されていないエピソードで、面白いのがあります。

 地域社会のメンタリングに企業がサポートしている、ということです。
 具体的には現物支給なども含まれ、例えばコンサートのチケットや、フットボールのチケットをあげて、「メンターといっしょに行ってね」というように。
 それも、企業としては決してボランティア精神のみで行っているわけではなくて、将来の良質なワークソースを獲得する、という目的をもっているんです。

Q. 大変興味深い事例を伺いました。こういったメンタリングは、今の日本においても行われる必要があると思いますが・・・
先生個人として、また日本メンター協会として、今後日本におけるメンタリングをどのように展開していったらいいとお考えですか?

A.  そうですね。日本ではまだ一部企業の中で行われている程度で、メンタリング・プログラムそのものがほとんど知られていません。

 けれど最近の社会状況をみるにつけ、アメリカでの動きに準ずるものは、日本社会においても間違いなく必要とされていくと思います。
 日本においては、これから次の3つの領域においてメンタリングが必要になっていくのではないでしょうか。

 一つは、今お話したような地域社会や学校における社会的活動としてのメンタリングです。
 今の日本の子どもたちのおかれている現状を見れば、アメリカでの事例が決して他人事ではないのは皆さんご承知のとおりだと思います。

 もう一つは、教師や看護婦さんといったいわゆる"ヒューマン・サービス"に関わる専門家養成のためのメンタリング。これはその必要性においても緊急性においても、大変重要な分野だと思います。

 そしてもう一つが企業や団体におけるメンタリングです。すでにアメリカでは90%以上の会社が何らかのメンタリング・プログラムを導入しており、一連の調査研究から、メンタリングは「メンタルヘルス」「職務満足」「業績」と統計的に有意に関係していることが明らかになっています。最近では、景気の低迷やリストラ、人的資源の流動化、またIT化国際化なども相まって、働く大人たちも大きなストレスを抱え、その影響は社会問題にまで発展しつつあります。

 企業においてはもちろん、人材育成や後継者育成、また若年者・新規参入者の組織社会化の手段としてメンタリングは機能しますが、今後はストレス・マネジメントの一環としてもメンタリングが大きな役割を担っていくものと考えられます。

プレスタイムニュース第9号(2001年4月1日 配信)より
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